Diversity & Inclusion Blog

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ダイバーシティの推進を願い、より多くの意義ある活動や世界の情報を、より多くの人に届けるため発信していきます。
GEWELのメンバーや志を同じにする人たちから、日本や世界のダイバーシティ&インクルージョン情報をお届けします。
アダム・グランド著『GIVE&TAKE』のご案内

以前ブログでご紹介したアダム・グランド著『GIVE&TAKE「与える人」こそ成功する時代』翻訳版が出版されました。

2013年5月12日のブログ『紅(クレナイ)の花は、アゲナイの花』でご紹介したアダム・グランド氏の「Give&Take」の翻訳版が三笠書房から出版されました。
 ブログは、http://blog.gewel.org/?eid=204444

昨年、USでは以下の評価を受けた本です。
・読むべきむベスト・ビジネス書(フォーチュン)
・今年のベスト・ブック(ビジネス書部門)アマゾンUS、フィナンシャルタイムズ
そして翻訳本も、年明けの(1月9日〜15日)丸善日本橋店第1位(ビジネス書部門)だそうです。
翻訳版ですので、気軽に手に取ってみてはいかがでしょうか。
| Maki | おすすめの本 | 11:36 | comments(0) | - |
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相手の成長を促すことにつながるGive and Takeとは

紅(クレナイ)の花は、アゲナイの花
本井稚恵

みなさま、GWはどのように過ごされましたでしょうか?

私は、まとめて本を読もうと買い込んだものの、結局「ツンドク」のままGWを終えてしまいました。さて、その中で最初に読破しなければと思っている
「Give and Take 〜 A revolutionary approach to success〜」by Adam Grant
について、今回は触れたいと思います。

筆者のグラント氏は、現在31歳。ペンシルバニア大学ウォートンスクールで最も高い評価を受け、既に終身在職権を得ている最年少の教授です。グラント氏の専門は「組織心理学」。そして、氏の研究成果を初めて一般向けにまとめた著書が「Give and Take」です。
プロフィールはこちら https://mgmt.wharton.upenn.edu/profile/1323/

グラント氏は、人助けに時間を使うことは生産性を下げるのではなく、逆に「人助けこそ、成功のカギ」と言っています。氏によると、人間は「Giver」、「Taker」、「Matcher」に分けられるそうです。

「Giver」は、自分の利益を期待せずに人を助ける人。「Taker」は、自分が利益を得ることだけを考える人。そして「Matcher」は、与えた分、返してもらうことも期待する人。こういうと「Matcher」は打算的に思えますが、その根底には「人助けは自分も幸せになれるチャンス」といった姿勢があり、決して、「Give」に対する直接的な見返りを求めているのではありません。

では、何故、人助けが成功のチャンスなのか?私なりに考えてみました。

「自分=1」、「相手=1」とすると、「Giver」がもたらすものは「1=1」であるのに対し、「Matcher」は「1+1>2」という相乗効果を生み出すのだと思います。また、自分にとって「Matcher」より「Giver」の存在が、お得でラクチンのように思えますが、与えられるばかりで自己成長はあるでしょうか?「Matcher」の「返してもらうことの期待」は、即ち「相手への期待」であり、相手の成長を促すことにつながるのだとも思うのです。

さて、みなさんの周りに「Matcher」さんは、いらっしゃいますか?キャリア構築において「Matcher」は心強い存在です。できるだけたくさんの「Matcher」を得たいものです。でも、そのためには、まず、自分自身が「Matcher」であることが重要だと思うのです。

そんなことを考えていると、亡くなった祖母の言葉を思い出しました。
「紅(クレナイ)の花は、アゲナイの花」
グラント氏と同じ事を教えてくれていたんですね。
| Maki | おすすめの本 | 18:47 | comments(0) | - |
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江戸ノベルスに学ぶカッコいい女性たち

江戸ノベルスに学ぶカッコいい女性たち
―山本一力著 “梅咲きぬ”の主人公の女性はリーダーとして育てられた―
藤井 幸子

気分転換に、時代小説を手にしたところ、深川の老舗料亭の女将となるべく育てられた、当時のカッコいい女性リーダーの育て方の話で、一気に読んでしまいました。

深川の老舗料亭の女将秀弥、母親(旦那が早く亡くなったため。シングルマザー)が、娘玉枝を子供の時から、本物を見せ、その背景に何があるか?女将になるべく毅然としたあり方、人への接し方、本物を見る力などを教えます。
玉枝は子供が興味を持つことに一つ一つ丁寧に答えてくれる周りの大人たちから世の中のことを学びます。子供の時からしつけられた少女が、15歳で母親を亡くし、女将になって、立派に跡を継ぐ話です。

6歳の6月6日からお稽古始として、踊りを習いに行きます。このお師匠さんは弟子に対して、弟子としての仕事(三味線の組み立て、お稽古場のお掃除、他のお弟子さんたちの世話など)をさせます。お稽古に行き始めたころ、「楽なことを覚えたらあきまへん。あんたが七つでしっかり覚えられたら、あとは一生もんや。その歳で楽な方を覚えたら、後になって苦労するのはあんたですえ」と仕込みます。それを母親に訴えると「泣き言は一切、聞きません。これくらいのことで音を上げるようなら、お前に店は継がせない」といわれ、彼女はこの時に、覚悟を決めるのです。勿論この母親が、玉枝のロールモデルで、母親のようになりたいと憧れて育つのですが。

ひとつ、本物かどうかを判断できる話として。
たまたま女将の秀弥が不在の時に、料亭にいちゃもんをつけて、金をだましとうとする人たちが来ます。彼女はそのお客が入ってきたときに、直感的に違和感を感じます。経験のある仲居頭や下足番のおじさんは、その身なりや、一見さんお断りの店でありながら、誰それの紹介でという話に騙され、予約なしに来た、その男たちを座敷にあげてしまいます。初回に下見に来た男たちはそれなりに、一流のお客らしく振舞います。この男たちは大きな宴会をするといって、予約を入れます。

違和感をよく考えると、彼女はある男の、爪が汚かったことだと気づきます。男たちの話が本当だとすれば、爪にあかがたまっているのはおかしいと。でも仲居頭や下足番の顔をつぶさないように、彼らの上司である女将にも相談できないと考え、外部の人である踊りのお師匠さんの旦那に相談します。調べてみると予約をいれた時に言い置いた、この男たちの店は、実際にはありませんでした。

宴会当日までに、何が起きるか?母親である女将を始め、料亭の人たちはいろいろ想定します。きっと、料理にゴキブリが入っているといって、いちゃもんをつけ、脅しをかけ金をとろうということだろうという想定の元、いろいろなシミレーションをします。たいそうな金をかけて、板場をゴキブリの来ない池の上に新たに建てるという、とんでもないアイデアも玉枝が思いつきます。こういう時にも、秀弥は、女将修行として、大人たちの中に一人前の人として、玉枝を参加させ、考えを言わせ、その考えを尊重します。

そして、このとんでもない考えを実行に移すことになり、準備は着々と進みます。ここでも深川の人たちが突貫工事でありながら、目的を果たしてくれます。この料亭の女将は代々深川八幡宮の氏子総代になることが決まっており、地域コミュニティのリーダーの一人です。人脈を持ち、日ごろから、いろいろな人に気配りをしていますし、誰に助けを求めればいいかも知っています。一人でしょい込まず、困った時に助けを求める器量も持っています。
案の定、宴会当日ゴキブリを持ち込んだ男たちが、料理にゴキブリが入っているとクレームをつけたところ、板場を見て、ぎゃふんとなるわけです。

女将が娘をInclusionして、娘の持つ能力を引き出すという点では、料亭で出すお茶請けのお菓子を年の初めに決めます。板長、仲居頭などシニアマネージメントの中に、玉枝を参加させ、それぞれが勧めるものを持ち寄って、なぜ選んだか?お菓子の背景にあるストーリー、お客様へのメッセージなどを説明しつつ、選択する場です。ここでも玉枝の選んだお菓子を大人たちが納得して、選びます。ちゃんとIncludeし、ただそこに座っているという役割ではなく、本気で参加させ、一人の大人として扱います。

今年の相手の立場を考えさせるという例では、深川が、秋の長雨で水害にあった時、住人達はここでもお互い様という気持ちで、食べ物を融通し合ったり、あるもので助け合います。秀弥の料亭から炊き出しをしますが、受け取る相手に余計な気を使わせないように、米に麦を混ぜ長屋の人たちが普通に食べているようなおにぎりを作り、料亭で使っているような豪華のものを使わずに、盤台も普通のもの、運ぶ人も料亭の半纏を着ないように指図します。

最もカッコいいのは、秀弥は氏子総代なので、お祭りの時の手当て(寄進に始まり、祭り衣装のあつらえなど、深川八幡宮にふさわしいもの)をし、女神輿を担ぐのです。そして、祭りのマネージメントも本物を見て、学んでいきます。

彼女は、母親の背中を見て、こんな大人になりたいと思いながら育ちます。当時の深川の人たちの“お互い様”という意識も、この主人公は様々な事件を通して、学び、ロールモデルの母親を見ながら覚悟を決め、しかし決しておごらず、必要な時は毅然とした態度で、望む。自分のことだけを考えず、自分たちを支えてくれている人たちに役に立とうとする、なんてカッコいい女性たちなんだろうと思いました。

料亭の女将という仕事は、様々なことをマネージしなければなりません。そんな立場になるために、どう人を育てるか?いまでも参考になる小説だと思いました。
日頃、仕事に関する本に集中しがちな方には、気分を変えて、江戸のベルスもお勧めの小説です。



| Maki | おすすめの本 | 08:26 | comments(1) | - |
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七福神はD&Iだった!

“みんなちがってみんないい”
−しあわせる力 禅的幸福論− 玄侑宗久著(角川SSC新書)より

By 藤井 幸子

“幸福をしあわせというようになったのは明治以後。「しあわせ」という和語は奈良時代に「為合わせ」と書いた。私がすること、誰かのすることがあわさる。つまりヒトとヒトとの関係がうまくいくことを「仕合せ」と呼んだ”と書かれています。それは西洋的な意味で数値化できるものではなかった。昔から八百万の神を祀っていた日本人には、もともと横並びのソフトがプレインストールされている”というところから始まる、この本には、ダイバーシティ&インクルージョンと関わることばがたくさん出てきます。

 最後の第5章、“息苦しいいまを生きるために”の中には、七福神に関する記述があります。
“七福神は実は外来の6名の神(インドから大黒天、毘沙門天、弁財天、中国から福禄寿、寿老人、布袋)が多く、日本の神は恵比寿さんだけ。八百万のどのひとつにも正義を求めない日本人の感性が示されているのではないか?というところです。いろいろな由来のある七福神ですが、正統もなく異端もなく、横並びにごちゃまぜであることが、どんな意見にも誰かが賛成してくれる、反対する人もいるでしょうが、全員反対とか全員賛成にはならない。全員反対、全員賛成の状態では、ひとつの価値が絶対になってしまうので、そういう中ではいじめや差別が起こりやすくなる。七福神には共通する何もないが、それが素晴らしい”

“いつしか我々は、「人の世話にならなくても生きていける社会」を目指し始めた。それが便利で進歩だと思い込んで、できるだけ人の世話にならないシステム作りを進めてきた。その結果に人間の本質的な力(人間付き合いやコミュニケーション力)が衰えていったのではないか?”
七福神は臨済宗のお坊さんが室町時代末期頃に考えた、「しあわせ集団」のモデルだったと書かれています。

 宝船に乗って、みんな笑っている、“あんたおもろいな”みたいな。八百万の文化と、いいとこどりの精神が、民衆の中に七福神が広がった。
七福神はその成り立ちも、意味もはじめから矛盾を内包している。それでも同じ船に乗り合わせて、笑いあっている。それが我々の臨む社会ではないか?“
 これこそダイバーシティ&インクルージョンの日本版のモデルともいえるのではないでしょうか?

 金子みすずの「みんなちがってみんないい」というのは、本当は較べる基準がないという意味で、個性を振りかざすこととはちがう。どんなものさしも「私」がつくった勝手なものさしだから、それを基準に比べるのはやめよう。ということではないか?”

この内容が面白いな!と思われた方は、お読みになることをお勧めします。
| Maki | おすすめの本 | 00:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
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言語力低下はD&Iの根幹に関わる問題−『日本辺境論』より−

女性語は、土着の言語だから、本音で感情や生活実感を話すことができる?−『日本辺境論』にみる日本語−
By 藤井幸子

前号に引き続き、ことばに関わることを書きます。
今ベストセラーになっている内田樹(うちだ たつる)さんの『日本辺境論(新潮新書)』を読んでいて、なるほどと思った部分のご紹介です。すでにご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが。
Inclusionを検討している中で、なぜ会社組織の中では本音で言う人が少ないのだろう。女性同士だと結構本音で話すことが多いのに。。。。。という発言がたびたび出ました。

『日本辺境論』より引用します(“引用部分”)
“そもそも日本列島は無文字社会である”中略“そこに漢字(真名)が入ってきて、漢字から二種類のかな(仮名)が発明された。”中略

“原日本語は「音声」でしか存在しなかった。そこに外来の文字がはいってきたとき、それが「正統」の座となった。もともとあった音声言語は「仮」の座におかれた。外来のものが正統の地位を占め、土着のものが隷属的な地位に退く。それは同時に男性語と女性語という仕方でジェンダー化されている。これが日本語の辺境語的構造です。”

“土着の言語=仮名=女性語は当然「本音」を表現します。生な感情や、剥き出しの生活実感はこのコロキアルな土着語でしか言い表すことができません。”中略

“漢詩は限定的な素材しか扱うことができません。庶民の生活実感や官能は漢詩の管轄外です”

紀貫之は土佐日記を書いたとき、おんなのまねをして女性語を使っておとこが日記を書いた。と歴史や古典で学びました。
本音を言うには、生活言語を使って、言葉をうまく人に伝えるというのが紀貫之以来、日本人が取ってきた語法だ。。。と言っているのです。

だから、仕事の場では本音でものをいえないのでしょうか?(これは私の短絡的な解釈かもしれませんが)。真名で仕事をすることが正しいという伝来の思い込みがあるのでしょうか?
女性が多く集まるイベントでは、お互い初対面でも結構本音で話をしているようですが、男性の参加者はあまり発言されないように感じます(これも私の思い込みと特殊な状況でしょうか?)。居酒屋では結構話しているのにね。。。

ことばは文化の基本だと思いますが、その言語力が昨今低下していることは、本当にダイバーシティ&インクルージョンの根底となる、人間関係力に関わる問題ではないかと危惧する次第です。このブログの読者の方のご意見もお聞きしたいと思います。

(実はこの著書はもっと奥が深くて、これだけではないのです。 「地政学的辺境性が日本人の思考と行動を規定している」ということを命題にしている本です。興味をもたれる方はお読みになることをお勧めしたいと思います。)

『日本辺境論』内田樹著(新潮新書)
| Maki | おすすめの本 | 13:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
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”セルフエスティーム”と”インクルージョン”の深い関係

セルフエスティームと”インクルージョン”の深い関係
「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか」を読んで
By 堀井紀壬子


「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか(光文社新書、古荘純一著)」

私たちはセルフ・エスティーム(自尊感情)を程よく高く持ち、自分の人生に夢を持ち、なおかつさまざまな意思決定を自分の選択だと思うことが、日本社会にダイバーシティ&インクルージョン推進の基礎となることだと思っています。なぜなら、自分を前向きに理解し自分の人生を大切に思い、自分の行動に責任をもてれば、他人の考え方を尊重し、受け入れることが出来るからです。その意味で、2008年GEWELの意識調査で、「自分のキャリアプランの作り方」に関する肯定的な評価の低さや、組織に対する貢献に関して、特に女性のセルフ・エスティームの低さに関して、大変懸念しています。

また、私自身が携わっているボランティア活動で、子どもの発達や、児童虐待防止に関して少し勉強してみると、日本人の子どもの自尊感情の低さに愕然とすることが多くあります。 その関連で最近「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか(光文社新書、古荘純一著)」を読みました。

著者の古荘教授は青山学院大学教育人間科学部教授で、小児科医、児童精神科医であり、学校で実際に保健室や相談室に来る子どもたちが疲れていることを懸念して、子どものQOL(クオリティ・オブ・ライフ)尺度を調べることにしたということです。

日本人の子どものQOL尺度調査結果です。
小学校では、QOL尺度は学年が高くなると低くなる、とくに「自尊感情」、「学校」の項目で下がり方が顕著。
中学校でも学年があがるごとにQOL得点が低くなり、自分自身で評価する生活の満足度が低下する。女子では「自尊感情」が低く、男子では「友だち」が低い。
また受験を終わった高校1年生ではQOL尺度がさらに下がっている。高校2年生以上の調査はまだ無いので、その先がわからないが、このままでは、多くの子どもが低いQOL尺度、とくに低い自尊感情をもち社会に出て行くことになる。
国際比較でもドイツとの比較では、QOLの自尊感情は日本の健康な子どもは、ドイツの健康な子どもや、ぜんそくの子どもに比較して、低いこと。またオランダとの比較では、オランダの日本人学校の子どものほうが日本の子どもよりQOLすべての領域について、有意に高い。

オランダに関する記述で興味深いのは、著者がオランダの教育に関する考察を述べられた部分です。少し長いですが引用します。
「オランダでもここまで達するには長い道のりがあったそうです。リヒテルズさんによれば、オランダでは1970年代から、民主的な市民社会に関する議論が高まり、その中で「インクルージョン」という概念が出てきたということです。これは、社会の成員が互いに受け入れあう、という概念で、特に学校に関しては「個別授業」を求める保護者の運動が盛んになったこととあいまって、子どもたちが互いに個性を持ったユニークな存在として受け入れあうことが目指され、また教師と生徒も、「教え」「習う」という関係ではなく、同じ社会の成員として受け入れあう関係になるべきだという方向に変化してきたようです。」

まさにセルフ・エスティームとインクルージョンのつながりが見つかったような気がしています。ダイバーシティが実現する社会とは、社会の成員の一人ひとりの価値観や尊厳、そしてQOLが尊重される社会だと思いますが、その背後には「インクルージョン」を実現しようとする社会の気付きが必要なのだと痛感したのです。

日本人の子どもたちの自尊感情の低い原因は、親の自尊感情の低さに由来していると思いますが、これは「虐待の連鎖」と同じでどこかで断ち切らなければならないと思います。しかし、一個人で何が出来るのか、残り少ない私の時間の中で、日本人が自尊感情を取り戻すために何かできるのか暗澹とした気持ちになることもあります。でも、社会には、子どもたちが夢を持てるよう一生懸命活動している人々が多くいます。今は点で活動していますが、それがいつか大きな面となり、いつか「日本人の子どもの自尊感情は20xx年を契機にして改善された」といえる状態になることを信じています。またそのために、NPO GEWELも私個人も出来ることをしていきたいと思っています。




| Maki | おすすめの本 | 10:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
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書籍紹介「なぜ女は昇進を拒むのか」進化心理学が解く性差のパラドックス

書籍紹介
「なぜ女は昇進を拒むのか」進化心理学が解く性差のパラドックス
スーザン・ピンカー著、幾島幸子・古賀祥子訳
発行所:株式会社早川書房

「ダイバーシティの基本は「男女差」ではなく、個人個人を良く見ること、一人ひとりの価値観を尊重すること」
By 堀井紀壬子

企業のダイバーシティ推進担当者からよく聞く悩みは「管理職の男性はダイバーシティ推進の必要性を頭でわかっていても、心で納得していない」というものです。そして、このような管理職の主に男性に、日本におけるダイバーシティ推進の優先事項である「女性スタッフの育成」の課題をわかってもらうために、「男脳、女脳」や「男女の性差」をとりあげ、コミュニケーションのとり方や、物事の優先順位のつけ方で男性と女性に差があることをわかってもらう研修を行うという事例も数多く耳にします。

私は、基本的にはこのような考え方に反対です。理由は「性差」というものは科学的に語られる場合、平均値の話であり、ダイバーシティの問題は「男女差」とか、「年齢差」で語るのではなく、個人個人を良く見ること、一人ひとりの価値観を尊重することだと考えているからです。ただし、昨年のGEWELの調査で課題としたように、「女性のセルフ・エスティーム」の低さは懸案でした。
そんなとき、この「なぜ女は昇進を拒むのか」を書店でみつけたのです。著者は発達心理学者であり、臨床心理士として長年の経験をつんできた人です。この本の冒頭で彼女が課題として提示しているのは、アメリカで60年代以降アファーマティブ・アクションが進み、職場での機会均等が進んでいるにもかかわらず、男女の平均給与の差は依然として存在するし、女性CEOの数も思ったよりもふえていない。これはなぜなのか?

著者は、子どもの発達段階から男女の差があること、男子のほうに学習障害、注意欠陥などの症状の発症率が高いことなどから、遺伝子や脳の構造から男女の違いを説明しています。男子のほうが工学、物理学などの分野で高い能力を示すことも、これらの性差から説明されます。また、高学歴でキャリアを築いていたが、突然仕事を中断して、家庭に戻る、もしくは収入が下がっても家族とすごす時間が作れる仕事に変わるなどの選択をした女性たちのインタビューを通して、男女の「幸せ感」の違いを「女性の生物学的特性」として説明します。
この本を途中まで読んで、私の感想は下記の通りです。

男女の生物学的差は明確だが、それが女性にとっての運命論になり、「だからやはり女性は家庭に戻るべきだ」論に拍車をかける危険性がある。
女性がキャリアを続けるにしても、中断するにしても「個人の選択である」というアメリカ社会の研究を、現在の日本にあてはめて、「男女の違い」論を広げるのは危険だ。この本を悪用する人がいないといいなと思う。

でも最終章の「パラドクスを超えて」は納得でした。
「男性に典型的な特性と女性に典型的な特性―そしてその間にグラデーションとして連続的に分布するあらゆる特性―のいずれにも好ましい長所がある。(中略)どちらかの社会的価値が高いわけではない。」(381ページ)
とはいうものの、これまでの社会は男性的特性が社会的価値が高いとみなされてきたのです。競争、成功の考え方など、子ども時代から現れる男性的特性に基づいて形成された現代の社会(特に企業社会)では、女性的特性に基づく価値観は軽視されがちです。でも、現在世界に起こっている政治・社会・経済の危機は、そのような単一的な価値観に基づいた社会システムの限界を示しているでしょう。そのなかで、自由な選択を行った結果として、男性も女性も幸せになれる「全体最適」があるのではないかと思い始めました。
 また著者のこの言葉も印象的でした。
「女性がこのように別の選択肢を見つけることができるのは、近代自由主義とフェミニズムのおかげである。」(383ページ)
女性が自分の生き方を「自分の選択の結果=自己責任」といえる日本社会に早くしたいものですね。
| Maki | おすすめの本 | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
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書籍紹介「稼ぐ妻・育てる夫」

書籍紹介 By 岡村洋子:

「稼ぐ妻・育てる夫」〜夫婦の戦略的役割交換〜(勁草書房)治部れんげ著

◆経済構造の変化が、米国男性の家事育児参加を促進した80年代
◆今、米国管理職女性の悩みは「キャリアか出産か」ではなく、「子供は二人か三人か」
◆夫に家事負担を期待するなら、女性も家計責任を担う覚悟を!

「家族を大切にし家事や育児にも積極的に参加するアメリカ人男性が多いのは日本とは文化的に異なるから」「アメリカでは出産後も短期間で職場復帰する女性が多いのは、日本とは違って、充実した育児支援制度があるから」と思っている人は結構いるのではないだろうか。

ところが実は、1970年代の米国男性の家事育児参加率は現在の日本人男性と同程度で、80年代後半からアメリカの産業構造が変化し、 男性の賃金が低下したために女性も働いて家計責任を担うようになったこと、 女性が働く権利を得たというよりも家計責任の分担こそが家事育児の分担に影響を与えてきた、ということを豊富なデータや取材から解き明かしているのが本書である。

アメリカの育児支援制度は日本よりもひどい状況で、先進国としては唯一といっていいほどほとんど支援制度がない国であるにもかかわらず、女性の社会進出(管理職率)は進んでおり、出生率も2を超えているという。また、最近の、十分にキャリアを形成している米国人女性たちの悩みポイントは、日本人女性のように「キャリアか出産か」という選択ではなく、「子供は二人か三人か」というものに変化しているという。

統計的なデータに加え、妻の収入が自分よりも上回っていることから、経済的に合理的な選択として、妻が働き夫は主夫となる選択を行ったカップルへの取材など、アメリカの52人の心情にせまる個別取材の結果も収録されており、また、最近日本で出産を経験したばかりの著者自身の出産育児の実体験を通した日本の制度、夫との関係、などについても1章が割かれており興味深い。

男性の経済力だけでは家計を支えることが困難になりつつある日本。今後の家計責任の分担の変化は、日本の夫婦間のパワーバランスにも変化をもたらすことが予想される。本書に描かれたアメリカ人夫婦のワークライフバランスとその心情は、今後の日本における新しい働き方、夫婦関係の構築を考える上で多いに参考になる。
| Maki | おすすめの本 | 12:35 | comments(1) | trackbacks(0) |
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